1973年4月3日生/横浜市出身

アメリカでゴルフ理論を学び、1997年より日本ツアーにおいて初のプロコーチとして男子ツアーに帯同、佐藤信人プロ、中嶋常幸プロ、加瀬秀樹プロなど多くのプロのコーチを歴任。現在も成田美寿々プロ、穴井詩プロ、川岸史果プロ、竹内美雪プロなど多くのプロのコーチングを行っている。

2011年には早稲田大学大学院にて「韓国におけるプロゴルファーの強化・育成に関する研究」にて最優秀論文賞を獲得。
現在は国際ジュニアゴルフ育成協会理事長として、世界ジュニアゴルフ選手権の日本代表監督に就任。
また、2016年より東京大学ゴルフ部の監督に就任。

ゴルフとの出会い

僕は小学生低学年の頃から野球一筋でした。夢は「プロ野球選手」という、僕が子供だったころにはとても多かった野球少年でした。ポジションはキャッチャーで、小さい頃から野球の本を読んだりして知識を得ることが好きでした。

中学生になると、ビデオを繰り返し観て相手チームの分析をしたり、自分のスイングやスローイングを撮影して分析したりと、当時としては一風変わった取り組みをしていました。

そして高校では甲子園を目指して法政二高の野球部に在籍していましたが、1年の夏休みに身体を故障した際、あまりに身体を酷使するようなスポーツには自分の身体機能が耐えられないことがわかり、マネージャーか退部の選択をせまられる事となりました。悩んだ末に退部を決意し、それまで野球に費やしていたエネルギーを何かにぶつけたいと考えていた時にゴルフに出会いました。当時自宅の近くにゴルフ練習場があったからという、きっかけはほんの些細なことでした。野球をやっていた事もあり、最初から空振りはしませんでしたが、それまでどんなスポーツをやってもそれなりに上手く出来ていたのですが、ゴルフは勝手が違いました。そして、その難しさに面白さを感じたのです。思うようにいかず悔しくて、練習2日目にはビデオを持参して自分のスイングを撮影し、なぜ上手くいかないかを研究するようになりました。野球少年の頃から習慣化していた、本を読みビデオを撮影し、研究する、今考えれば現在のプロコーチ業に繋がる気質がその頃からあったのだと思います。当時、ゴルフを始めたばかりの僕が憧れて最も影響を受けた選手はニック・ファルド選手でした。彼のスイングの優雅さは、僕の心を捉えて離しませんでした。「同じスイングを身につけたい」と強く思って、彼の優勝したマスターズの映像をすり切れるほど観ました。またテレビに映った全てのスイングをタイマーで計測して、自分のスイングリズムにトレースする努力を行ったりもしていました。当時通っていた練習場に所属していた広瀬和彦プロからは「お前は本当に変わっているな」といつも言われていたのを今でもよく覚えています。

そんな僕の夢が「プロゴルファー」に変わるまで時間はかかりませんでした。ゴルフ練習場にお願いして毎日のようにボール拾いのバイトをしながら練習する日々を過ごし、高校2年の夏には70台も出せるほどに成長しました。しかし高校時代は必死に努力しましたが、目立った成績も挙げることができないまま終わりました。

その後、大学1年の夏休み、本場のアメリカでゴルフを学ぶ機会を得ました。これが僕の人生の転機でした。日本では考えられない素晴らしい環境と、在籍したスクールのインストラクターであったマイク・スミス(ユタ州のティーチング・オブ・ザ・イヤーを獲得)との出会いが、僕をますますゴルフというスポーツに夢中にさせました。一日中ゴルフ漬けの環境の中に身を置き、実力も飛躍的に上がり、夏休みが終わって日本に帰った時には、もっと多くをアメリカで学びたいという強い思いが芽生えていました。

その後、ユタ州やネバダ州、またカリフォルニア州とミニツアーを転戦したりしながらツアープロを目指すかたわら、たまたまサンディエゴでプロ志望の日本人選手達の指導を開始したことが僕のキャリアのスタートになりました。それは自分がそうしようという意思を持って始めたわけではまったくなくて、当時たくさんのゴルフ仲間と切磋琢磨しながら過ごしていたなかで、周りの人からアドバイスを求められだしたり、それに応えたりしているうちに自然に始まったような状況でした。